マツダ MPV

【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
 

「ちょうどいい車」を探すのは難しい

車は「乗り物」、つまり道具でありながらも、それだけではない「パートナー」としての側面がある。

走行性能や燃費などのスペック。用途に合った積載量や取り回しやすいサイズ。中古車ならば車の状態や程度やそれに見合った価格かどうか。わかりやすく、測りやすい基準だけで選ぶことができればいいのだが、実はそうではない部分が大事だったりする。

つまり「なんかいい」や「よくわからないけど愛着があるんだよね」といった感覚の、“なんか”や“よくわからない“の中に含まれている、曖昧な領域。そこがオーナーの感性とピタリと合ったときに、車は「愛車」となり、長きにわたる良い関係を築くことができるのではないだろうか。

クリエイティブプロデューサー 安藤紘さんがマツダ MPV(初代)を選んだ理由を伺っていると、そんなふうに思うのだ。
 

マツダ MPV

「これがマツダ車……?」と疑問に思った方もいるのではないだろうか。そもそも、エンブレムがマツダのものではない。
 

マツダ MPV

初代MPVはマツダと当時資本関係にあったフォード社との共同開発で生まれた北米市場向けの車であり、安藤さんの乗る後期型には「アンフィニ」という当時のマツダの販売チャネルのエンブレムが掲げられている。日本市場向けにマイナーチェンジこそしたものの、そのDNAをしっかりと受け継いだ車体は、その後フルモデルチェンジされた2代目以降のMPVとはつくりが大きく違う。フロントグリルの他、エクステリアにはマツダのエンブレムは一切見当たらないため、マツダ車とわからない人がいても無理はない。

「高級移動式サルーン」がコンセプトの初代MPVは、ゆったりとしたつくりが何よりの魅力だ。ルックスは無骨でアメリカンなRVでありながら、乗り込んでみるとウォークスルー仕様の広い空間が広がる。さながら現代のミニバンのようなくつろぎがある。
 

マツダ MPV

元々は車を買うつもりのなかった安藤さんが「なんとなく、ノリで(本人談)」MPVオーナーになったのは、そのデザインに一目惚れしたから。スタイリッシュな現行モデルや「いかにも」な旧車は自分の好みに合わない。そう思っていた安藤さんは「いびつでかわいく、同じモデルを乗ってる人に会ったことがない」というこのMPVに出会い、即決した。球数の少ないモデルであっても、人気の名車は近しい価値観を持つ人々と被ってしまう運命にある。しかし直観のみにしたがって車を選べば、身近な誰ともそう簡単には被らない、というわけだ。

「カーシティガイド」という中古車のマッチングサービスを通じて購入したMPVは保存状態もよく、新品当時のまま、とはいかないまでも年式を考えればかなりの優等生。エンジンも足回りも状態は良好で、一度バッテリー交換をした他はノートラブルだという。

インテリアも運転席シートに若干のヤレが見られるぐらいで目立った傷みはない。この年代ならではのふかふかの布製シートはラグジュアリーな気分を味わえる。
 

マツダ MPV
マツダ MPV

「なんかいい」の正体

初代MPVは2 Pac他、90年代に活躍した伝説的なラッパーたちが乗っていたことでも(コアなヒップホップ好きの間では)知られており、その点も購入を後押しした。有名ミュージシャンに愛されたラグジュアリーカー。その購入価格はさぞかし高額に違いない……と思いきや、なんと総額たったの36万円。ラッパーのように果敢にメイクマネーしなくても手が届くぐらいである。燃費は高速で7km/L程度と燃費はお世辞にも良いとは言えないものの、「車体が安いから気にならない」とのことである。

MPVの「なんかいい」ポイントは他にもある。車体は大きくハンドルが切りにくいものの、窓ガラスが大きいため視界が開けて気持ちがいい。コラムシフトで、シフトレバーがトラックのようにハンドルの裏から伸びているのも面白い。白、赤、オレンジの3色が縦に並ぶリアのライトの色合いも愛嬌があり、後ろ姿がかわいらしい。

そう、車の本当の魅力とは、結局のところ所有してみないとわからないことばかりなのである。
 

マツダ MPV
マツダ MPV
マツダ MPV

これだけ大きな車を選ぶ人は、日常的に大人数で移動したりたくさんの荷物を乗せてキャンプに行ったり……するのかと思いきや、そうではないらしい。通勤の足として基本的には一人でハンドルを握ることが多く、そうでない場合も助手席に奥さんを乗せるぐらい。運転頻度も週に一回程度。時には関東近郊の小旅行へ出かけて行くものの、ハードな使い方はまったくしない。

「正直、もう少し小さい方が便利かな」と、他の車に目移りはしつつも、乗り替えの予定は当面ないそうだ。いわく「最新の車は安全機能も充実してるし、格好良いデザインのものもあるけど、つまらないというか物足りないというか。自分はしばらくこれでいいやって感じですね」。

帰り際に「目移りはするけど、いちずな男なんですよ」と一言残して運転席に乗り込んだ安藤さん。その言葉の真偽は、数年後に彼が乗っている車で判断するとしよう。
 

文/高橋直貴、写真/トヤマタクロウ
マツダ アンフィニ MPV(後期型)

安藤紘さんのマイカーレビュー

マツダ アンフィニ MPV(初代)

●年式/1997年
●年間走行距離/2000km
●マイカーの好きなところ/お尻がかわいいところ、視界が広いところ
●マイカーの愛すべきダメなところ/燃費が極悪なところ
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/あんまり乗らない人、所有欲を満たしたい人